【大学特集】
女性が工学を学べる環境を

奈良女子大学

2022年4月、女子大では全国初となる工学部を開設した奈良女子大学。今岡春樹学長は「日本でもより多くの女性が工学を学べる環境を作る必要がある」と語る。

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女性エンジニアの必要性

工学部を作った理由は二つあります。一つ目は、現在「大学と世の中が近づいている時代」だと考えているからです。かつては、大学と世の中には隔たりがあったのですが、現在では大学は世の中と共に研究し教育をするような場所に変化しつつあります。大学が世の中に近づくための学問が「工学」だと思っています。

二つ目は、日本にはものを作る会社が多いという点です。製造業を専門としている企業は、工学を修めた学生が多数必要なため、自ずと工学を専門としている大学と距離が近くなります。男女にかかわらずこの両者の関係が成立する時代が到来したため、工学部を作ることになりました。

最近、工学部の活動を見ている中で感動したことがありました。ある工学部の2年生数人が自主的に「味覚の世界」を勉強する研究会を立ち上げました。一般的には、理学部で味覚の研究を実施するとなると「舌」の中にどのような感覚器官が存在し、そこにどのような情報が入ったら脳がその物質を「おいしい」と感知するのかという視点で研究をします。

ところが、工学部の研究チームは炊飯ジャーの中身を解体し、おいしいお米がたける炊飯ジャーとそうでない炊飯ジャーとでは仕組みはどう異なるのかという視点で研究していました。そもそも炊飯ジャーには発熱機能があるため、電気についての学習もしますし、それ以外にも炊飯ジャーに使われている部品の材料に関しての知識が必要になります。そのため炊飯ジャーに付随したさまざまな分野を自主的に学習し、自ずと知識がついていきます。工学はものづくりで勝負するという考え方が浸透していることに感動しました。

世界を見ると、工学を学んでいる女性の割合は日本と比べて多い。そのため、日本企業には女性エンジニアが欲しいというリクエストが多くあります。例えば、日本の会社と、アメリカあるいはヨーロッパの会社が集まり家電など新製品に関する会議があったとしましょう。アメリカやヨーロッパの会社では5人中2人が女性の工学博士で、一方日本は全員が男性博士であるというイメージです。

工学の世界で女性が求められていることに関してはもっと積極的な理由があります。昔から家電など家庭で使う機械を使用していた多くは女性でした。工学の世界で例えば家事ロボットを商品化する際は、何をしてほしいかという女性の意見や視点が商品のキーコンセプトになるため、日本でもより多くの女性が工学を学べる環境を作る必要があります。

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「横のつながり」を大切に

大学では制御工学(コントロールエンジニアリング)を勉強していました。大学を出てから繊維関係を専門とする国の研究所に入所しました。当時、その研究所では、「コンピューターで衣服の計算をする」というプロジェクトが進められており、コンピューターに詳しいなら来てほしいと誘われたことが入所のきっかけでした。

 「この服をあなたが着たらどうなるかをコンピューターで計算してみましょう」というプロジェクトで、当時は世界でこの研究に成功した人はいなかったため研究に熱中していました。そんな中、奈良女子大学の被服を専門としている先生から、「大学ではそのような研究にも取り組んでいきたい」と誘われたことがきっかけで、奈良女子大学に着任しました。被服とは別分野である制御工学を学んできましたが、研究所での衣服研究がご縁で、奈良女子大学とつながりました。

この体験から、自分の分野だけでなく他分野とのつながり、つまり「横のつながり」が大切だと考えるようになりました。横のつながりを作ることは簡単ではないのですが、変化の激しい時代になりましたので、違う分野の価値観も理解できるような人が増えていってほしい。

また、工学人(ものを作る人)も、自国の文化と歴史を理解しておくのが大切だと思います。キャリアを積んでいくと海外とトレードの話や技術開発の話をする機会が増えていきます。お互いの文化をどれだけ理解できるかが信頼関係の鍵になってきます。例えば、大きな契約を結ぶ間際に、「日本の特徴は何ですか?」と聞かれた際に、日本の文化の特徴と技術の特徴を述べることが重要です。そのような話が自然とできると相互理解につながりスムーズに話がまとまる可能性が高くなります。

人間は経験で個性ができていく生き物であるため、経験はとても大事です。若い学生には海外をもっと見てほしい。その中で不思議だなと思うことがたくさんあると思います。その不思議さが大切です。文化の相違を見ることで、自分の国を相対化でき、より深い理解につながり、文化や技術談義が弾むでしょう。これからの時代は、多くの人々がマルチランゲージとマルチカルチャーでコミュニケーションを取りながら仕事をしていく世界になるでしょう。その時に、きちんと自分の意見を持ちそれを伝えることで、「あの人面白いね」と言われるようになればと思います。

奈良女子大学学長

今岡 春樹

2022年4月、女子大では全国初となる工学部を開設した奈良女子大学。今岡春樹学長は「日本でもより多くの女性が工学を学べる環境を作る必要がある」と語る。

http://www.nara-wu.ac.jp/