【大学特集】
国境を越えたアイデンティティーの重要性

名古屋外国語大学

中部圏唯一の外国語大学である名古屋外国語大学(愛知県日進市)。亀山郁夫学長は「国境を越えたアイデンティティーを持つことが重要だ」と語る。

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世界に通用する教養を育む外国語大学の使命

名古屋外国語大学は、国内七つの外国語大学からなる全国外大連合の1校です。英語をメインとした外国語の使い手としてのプロを育てていくことが本学の特徴です。

本学の第1の特色として、充実した英語教育があります。教員の4分の1が外国人教師で、少人数による外国語教育システムは、英語だけではなくフランス語、中国語を専攻する学生にも適用されています。語学力の向上だけでなく、外国人と接する違和感、恐怖感、不安感を払拭することもその目的の一つです。ネイティブの教員を採用するのはとても大変ですが、「世界人材を育てる」という意気込みで、採用に注力しています。

私の考える「世界人材」とは、世界の多元性、多文化性に深い理解力を持ち、共感力に優れた人材です。そのためには言語習得がマストです。英語だけでなく、フランス語や中国語などのグローバル言語を話して、やっと世界の人材の土台に乗ることができます。言語を習得すると、それぞれの地域の持つ深層の部分がくっきりと見えてくるからです。学生にとって負担は大きいと思いますが、若いうちに外国語を習得しないことは、一生の後悔になると考え、難しい要求をあえて突き付けています。

第2の特色は、留学生の送り出しと受け入れです。約200の海外の学校とリレーションを深め、優秀な学生を送り出し、そして、海外からの学生を受け入れています。本学の7〜8割の学生が短期長期含め留学を経験していますし、2〜3割の学生には、留学にかかる費用を全額補助しています。

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AI時代に必要な言語を通じた共感の力

今世界は、チャットGPTを代表とした人工知能(AI)の急激な進化により激変しつつあります。AIはとても便利ですが、AIに頼りすぎると、人間は確実に退化の道をたどることになります。「2023年は人類の大いなる知的退化の元年になる」と予言する研究者もいるほどです。しかし、これからの時代を生き抜くためには、AIとの共生は不可避です。そのために必要な能力は、AIと「対話」できるICTスキル、そして何よりも自分自身で何かを生み出そうとするクリエイティブな力、それには教養が第一だと考えます。教養とは、自信を持って世界に向き合うための基礎的知識ですが、そこには豊かな感性と想像力の裏付けがなくてはなりません。

そもそも、私たち外国語大学の設立理念は「人間教育と実学」という二つの概念から成り立っています。人間教育とは教養教育、実学とは徹底した外国語の運用能力を指します。この二つの両立を目指す必要があるのです。AIとの共存を考慮した上で、AIに関する思考力を養いながら、創造性を発揮する人材を育成することが重要な課題です。そのためには、バランスの取れた能力を持つ学生を育成する必要があります。比喩的に言えば、AIは主に左脳的ですが、右脳は文化や芸術を学ぶことにより育まれます。学生は、両脳を活用し、日々刻々と変容する世界に俊敏に適応する能力を身につけることが重要です。バランスに秀でた能力を獲得できなければ、未来の世界での成功は困難でしょう。

また、これからの学生たちには共感力も養ってほしいです。無関心は、悪です。人間は一人で生きていくことはできません。2011年3月の東日本大震災直後、私は中国の北京外国語大学に招かれ挨拶しました。式典後の懇親パーティーには、日本語を流ちょうに話す中国の日本研究者たちがいました。彼らは私を見て、涙を流さんばかりに同情してくれたのです。東日本大震災で不幸にあった方々を代表して、私に日本への深い愛情を示してくれました。その姿を見て私は「トランス・ナショナル・アイデンティティー」つまり「国境を越えたアイデンティティー」の育成こそが、外国語大学の使命だ、と、とっさに理解したのです。

彼らは、日々、日本語を学んでいるうちに、日本の心、日本の文化に深い愛情を持ち、日本人の不幸を同胞の不幸のように感じられる、そんな共感力を身に着けていったのです。この共感力がとても大事であり、外国語の学びを通してその力を飛躍的に高めることができるのです。願わくは、英語プラスワンの外国語を学んでほしい。

しかし、外国語を広く浅く学ぶ、という姿勢も無視できません。初歩の文法を学ぶだけでも、その国の人への愛情の持ち方が全く違ってきます。アラビア語の文字がすらすら読めるなんてすてきだと思いませんか。しかも、そうした学びを介して、たんに上っ面な知識だけでなく、人々の心の深層を知ることができるようになる。歴史的にどんな傷を背負っているのか、他の国のことを自分事のように理解することができるようになるのです。言語は、世界の大地であると同時に、その大地を耕す鋤(すき)であり、そしてその大地に芽吹く花々でもあるのです。学生には、さまざまな世界の言語の学びを通して、もう一人の自分、そしてもう一つの、民族を超えたアイデンティティーを発見してほしい。

名古屋外国語大学 学長

亀山郁夫

1949年生まれ。72年東京外国語大学外国語学部卒業。74年東京外国語大学大学院外国語学研究科修士課程修了。77年東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。その後、同志社大学助教授、東京外国語大学教授、大学長を経て、2013年から現職。

https://www.nufs.ac.jp/